| 全粒穀物は食の最も大切な基本 |
| 健康社会学は全粒穀物的な発想で |
健康・ダイエット と健康社会学・健康科学の関係
健康社会学と健康科学の総合的な見方
健康やダイエットから政治、経済、法律、歴史、文学、哲学も見える
(1)健康・ダイエット論も社会学も同じような構図
健康社会学とは、病気・医療・福祉・保健を対象とした新しい学問分野とのことだが、病気・医療・福祉・保健の考え方や生き方に大きな影響を及ぼす政治・経済・法律・歴史・文学・哲学を見ないと、本当の健康社会学は見えて来ない。健康社会学の基本には歴史と哲学の理解も不可欠になる。
健康社会学の一般的な定義の一例としては次のようなものが考えられる。
健康社会学は、人の健康を脅かす社会的な生活問題に対し,生き方・感情・愛等含め生活の場である家庭・学校・職場・地域社会のみならず伝統・歴史・文化・文明・国・外国等との関係において,その克服の方法としての総合的な健康促進のあり方を社会学的な視点から解明してゆく,一つの社会学である。
健康やダイエットの書籍をたくさん読むと砂糖・塩・米等、全く相反することが主張されているが、このような構図は社会学でも同様で、本質を見る目がないと命まで落としかねない。知らないと命まで落としかねないことは、健康・ダイエットや哲学を含めた広範な社会学共に共通している。
健康やダイエットは、食生活や食育の点からは歴史や伝統が中心の社会学であり、栄養学・新陳代謝・免疫力の視点では自然科学と呼ぶことができるであろう。科学とは一般法則を見つけ応用していく学問で学問は一般に自然科学と社会科学に大別されるそうだ。自然科学の方は検証性が高いためその呼び方はいいとしても、社会科学は人生観、歴史観、文明観、つまり哲学的なものが価値観を左右するため、ここでは社会科学でなく社会学とでも呼ぶことにする。その哲学は2つのグループに大別され、両者は全く相反するだけでなく、社会人になる前にこの違いを認識しているか否かで人生観が大きく異なってくる。
健康に気を使い過ぎる人は、短命の傾向があることは世界中の統計調査でも共通して報告されているが、その原因の一端は最新の医療情報や栄養分析に翻弄されることにある。人の身体は、細胞という一つ一つがミクロの世界であると同時に、人体は60兆とか100兆個と言われる細胞の集合体で、人体全体が宇宙のようなマクロの世界からなっているそうだ。その世界に人の心とか意思が加わって、本当の健康論やダイエット論が初めて見えてくるが、それはあくまで試行錯誤を伴う経験と伝統の産物で、食の世界で伝統が重視される所以でもあろう。口から入るものは長い安全の実績が必要でそれは伝統の大切さとも言える。
玄米の全粒粉等穀類の大切さは風土や伝統を含めた社会学の観点からも見る必要があり、別項で健康社会学としてまとめている。
何事も最新や流行に飛びつくことを繰り返せば取り返しがつかない場合もあり、伝統的な価値観の大切さを物語っている。肝心な点はこの伝統的な価値観が、健康やダイエットだけでなく、哲学を含めた社会学全般や自然科学についても大切になってくる。健康・ダイエットや社会学共に、流行や報道に左右される大衆的な価値観を妄信し、極端に走れば命を失う歴史を経験してきたことを教えてくれている。
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区分 |
第1グループ(伝統的価値観) |
第2グループ(大衆的価値観) |
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主義 |
歴史・伝統・現在・心 |
理性・合理・未来・人権 |
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重視 |
保守・競争・自立 |
進歩・平等・大衆 |
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実際 |
歴史・伝統の重視、 進歩・平等・革新思想への警鐘 |
過去・現在の否定 共産・社会主義への共鳴 |
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代表的な思想家 |
ヒューム・アダムスミス・バーク・トクビィル、ショウペンハウエル・ブルクハルト・オルテガ・ハイエク |
デカルト・ルソー・ヘーゲル・フォイエルバッハ・マルクス・エンゲルス・レーニン・サルトル |
(注:社会主義とは共産主義への前段階的意味で使われるようだが両者は実質同じ)
歴史的・伝統的な価値観を重視する第1グループに対し、大衆的な価値観の体裁を取る第2グループはルソーを経て理性を宗教的なまでに重視する。共産・社会主義の指導者がいずれも教祖的な独裁者となったことは偶然ではない。多くの共産主義国家での独裁者崇拝、強制収容所・強制労働、他の体制ではみられない大規模な処刑(ソ連の作家ソルジェニチェンの収容所群島、中国に関する著者ユン・チア「マオ――誰も知らなかった毛沢東」上下等参照)は共通し、その理論的な支柱を作り推進して来たのが第2グループの思想家である。第2グループを支持しその代表的思想家の本を出版している大学教授や批評家でも、第2グループの思想家の系譜について、概ね上記と同じような分類を行っている人が多いと思う。
第2グループの思想は、デカルトを始祖としルソーにより理性教及び平等教が作られ、フランス革命によりロベスピエール等により実行に移されている。その後バブーフ、マルクス、レーニンに引き継がれ社会主義教に至ったが、その理論的支柱はルソーとフランス革命あり、北朝鮮の事態もこの第2グループの思想の流れの1つである。若者が第2グループの思想家の書いた本を、上記のような予備知識もなく読んでも、その本質を見抜くことは容易ではない。しかし、真相に関する予備知識をもち、ルソーの人間不平等起源説を自分で読めば、多くの人が語らないルソーの本性、非人間的且つ反社会的なものを自分で知ることができる。
自由・博愛・平等のフランス革命を美化する書物や人々がいまだに多く、又世間、特に日本ではデカルト、ルソー、ヘーゲルの言葉の引用好きな知識人が多い。フランス革命礼賛の本が圧倒的に多いが、フランス含めたヨーロッパの知識人でも真相を記載する書物も出版されており、日本語訳では例えば「フランス革命の代償」著者ルネ・セディヨ(フランス人)山崎耕一訳がある。中川八洋著「正統の哲学と異端の思想」に詳しい。
健康は不健康をダイエットは減食や断食も含み、言葉にはプラスとマイナス及び総合的なバランス、更に心や意思があり、その構図は上記に見たように類似している。失われた人命の数からしても、健康・ダイエットを社会学や哲学の相関から眺めるのはむしろ当然ともいっていいだろう。
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*伝統的な価値観は保存力と発展力を伴う 広大な宇宙のマクロから物質構成のミクロまで対象とする物理学には、エネルギー保存則や潜在的に仕事をする能力(ポテンシャル)を維持しようと言う保存力、又作用反作用と呼ばれる反撃力のようなものがあるようだ。地球環境に生きる人間にも、太陽や月のマクロから人体のミクロまで、この特徴は伝播し、自然と共生し、保存・保全的な歴史や伝統が大事にされるのもその表れだろう。文明が進む程に環境の大切さが認識され、子供の成長にも守るべき昔ながらの自然や道徳的な環境の必要性も意味している。健康論・ダイエット論・食生活・食育及び社会学・哲学のいずれにおいても、伝統的な価値観が有する保存力と発展力が肝要になる。 注意すべきことは、仕事や物事の進め方で同じことを繰り返し変化を好まないことに「保守的」という言葉が使われていることである。第1グループの考えは、保存・保全的であると共に、仕事や物事の進め方は狭い既得権益にとらわれず、自然界のもうひとつの重要な発展・後退的な法則の如く新しいやり方や発想を大事にする。少なくとも保守は古く頭が固いもの、理性・進歩は新しく柔軟なものというような誤った考えをもたないようにすべきである。世界的に21世紀は環境の時代と言われるが、発展・後退的な環境の中で、保存・保全的なものを大事にする必要があり、斬新なものから身近な自然や世界遺産等様々なものがあろう。 |
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*健康論・ダイエット論、社会学及び数学・自然科学の関係 一般に物事を進めるには数学的な発想と論理性が不可欠といわれる。物事は、前提・制約条件での数学・自然科学的な論理性が大切ということだろう。一般に社会科学と呼ばれるものはその名称だけであたかも検証・認知された学問のような印象を与えかねない。上記でみたように世の中には危険な思想や哲学があり、数学や自然科学の論理性を援用し、人間の歴史や伝統をみて、過去の惨禍を繰り返さない知恵もでてくるかもしれない。但し、数学や自然科学も、極端に走れば社会学と同様な事態になる可能性もある。 |
20世紀の共産主義化による犠牲者は、第1次大戦、第2次大戦含めた20世紀の戦争の戦死者より多い。更に、戦争自体も共産主義者により引き起こされた側面がかなり強い。日米戦争の開戦が、ソ連のスパイである米国政府高官により作られた米国ハルノートに起因したのはその一例である。平和を戦争との対比でみるだけでなく、我々の身の回りにある惨禍をもたらした社会学の危険な側面に氣づく必要がある。国際的に感染力の高い極端な左派だけでなく、極端な右派、一部の人のための同和と人権、基本的な男女の役割無視、子供を駄目にする子供中心主義等概観は一見異なるが、同根であるが故に時代を超えて現れてくる。
食育には食生活を超えた心の有り様も含み、本来の健康論やダイエット論を展開するには、哲学を含む社会学の勉強がが不可欠になってくる。
(2)健康・ダイエット論と歴史・古典
歴史については、本来の健康・ダイエット論の一環として「心を明るくする能力」の項で、「安全保障と心掛け」、「なぜ平家の落人ばかりなのか」、「会津と忠臣蔵」、「分かり易い男系天皇論」、及「森鴎外と白米中心主義」等で触れているので割愛。学校・大学、マスコミ、法曹界には第2グループの考え方に共鳴している人が多く、極端なイデオロギーに支配され、人の心を失ってしまったのが第2グループの歴史でもある。
本来の健康・ダイエット論は歴史や古典にも親しみ社会学や自然科学を含み、本来の食育とは本来の健康・ダイエット論に支えられた教育論ともいうことができであろう。
右翼も左翼も根は同根で、右翼が国家社会主義、左翼が国際社会主義の違いだが、全体主義であることに変わりはなく、右翼の国家社会主義も第2グループの影響を大きく受けている。右と左が異なる両極端と思ったら間違いで、根は同根の共産主義とみた方がいい。左翼内部の異なるグループでも仲が悪いが、その左翼の異なるグループ間で最も仲の悪いものを右翼と呼んでいると見た方が事の本質がみえるだろう。第2グループの歴史は、狂信的理性教が全体主義と結びついたらどれほど悲惨になるかの世界的な大きな実験であった。
元気に生きることに関し、本サイトでは一物全体を大きく見ることを重視するが、同じ全体でも全体主義と、大きい一物全体は全く相容れない。一物全体を大きく見るとは個別と全体の両方共に生命体として重視するのに対し、全体主義は全能の理性教による全体主義という仕組みであった。これが共産・社会主義で宗教的なまでに教祖的な人が多い理由でもある。
子供の記憶や能力開発で実績のある専門家の話では、子供の頃からいい古典や物語(一物)を繰り返し何度も読みそらんじられる程になれば、夢や希望ややる気だけでなく、創造力を含め記憶の質(全体)が大きく改善するそうだ。同様に九九の演算を拡大した100x100のいわゆる100ます計算やソロバンが子供のIQを高めるそうで良い、一物の繰り返しが良い人格や情緒という全体的なものにつながってくる。子供の頃から一物無しの全体教祖漬けでは、個は育たないし全体も駄目になる。
(3)健康・ダイエットと地理・民族性・宗教
真の健康・ダイエットは、地理・民族・宗教の社会学関係を理解しないと見えてこない。「魚も様々ω3様々」の項で述べたごとく、同じ魚でもその地理的環境により、魚の生活習慣もまるで違う。身土不二や一物全体も元は地理で、地理の状況は、日照、温度、雨、山・川・海の循環、四季、農産物、貧富、政治、経済、貿易、文化、外国の侵入、民族性にも影響する。一方で、自然科学や人の歯並びのように地理の違いにかかわらず共通して存在するものもある。
野菜の原産地は、南米のアンデス高原のジャガイモ・トウモロコシ・サツマイモ・トマト、中央アジアの人参、地中海のキャベツやブロッコリー、満州の白菜など、意外と乾燥して気温が低く、雨の少ない土地が多い。このような原産地の野菜を同じような環境で作れば、美味しい野菜ができるとのことである。野菜に共通していけないのは肥料のやり過ぎで、人や動物の食べ過ぎもお同じことが言える。それぞれの野菜が原産地の環境を忘れていないことは、人類の歯並びが民族を超えて共通していることと似ている。つまり人も野菜も、環境に適用できたものと、昔から変わらないものがあり、合い異なる双方をもっていることを意味する。従って、地産地消とか身土不二(シンドフジ)はその土地でできたものを食べることの推奨だが、単なる地産地消ではなく、伝統食を地球規模で共有しあう大切さをも物語っている。
歴史的に外国の侵入を防ぐ、海や大きな山の防波堤が無かったユーラシア東西の大陸国家は、第2グループに起因する暴風を避けがたくそれら苦難の歴史も知っておいた方がいい。第1、第2グループでどちらを支持する割合が多いかは国民性にも影響する。同じユーラシア大陸でも、イタリアやインドのように山と海で地政学的に有利だった国もあれば、アルプス以北、ロシア、中国等、外敵の進入を受けやすく過酷だった国もある。
中東の厳しい自然環境がキリスト教やイスラム教のような一神教の宗教を生んでいる。アジアは多神教が多いが、その昔は気候の厳しいヨーロッパでも多神教であったとのことである。
中西輝政著 PHP新書 「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」は、神道と日本文明に関し文明論を含めた説明を行っている。又1930年前後の世界ブロック経済の中での日本の苦境、及び中国との文明の違いを知らず相手に同調し毅然とした態度を取らなかったことが、日米戦争につながっていったと考察しているが、このような視点は将来にも有用である。約束や条約を大事にする国と、そうでない国との違いを知らないと国を滅ぼす元となる。
同書は「アジア主義」こそが昭和の日本の進路を狂わせた一番の魔物だったと指摘している。1930年代に日本を最も敵視していたコミンテルン(ソ連の国際共産主義)は、秘密工作で日本の世論・政界・軍部に集中的に「アジア主義」を吹き込み英米との衝突に持ち込ませた。福沢諭吉の脱亜論の如く、約束を守ることに対する考え方の異なる中華文明圏との連携の危険性は明治から言われていた。文明の質の違いを認識しなければ昭和の惨禍はまた起こりうる。
第2グループに共鳴する人たちとそれ以外の人たちでは、理性・人権と同様に文明という言葉が意味するものもまるで異なる。第2グループ支持の人たちは、文明を原始状態に対する文明と解し、地理・民族・宗教等の総合的な文明論を民族や国家の対立を煽るものとして排斥する。つまり進歩・理性史観であり、彼らが好むのは地球市民とか世界市民と言う個性を失った言葉や人間である。その裏には個性を失った市民に君臨する教祖的な独裁者的要素が隠されており、共産主義の歴史はそれが事実であることを示している。
(4)健康・ダイエットと経済・経営・簿記
一見すると関係の無さそうな健康・ダイエットと経済・経営・簿記も、底流には共通するものがあるだろう。経済も、自由主義経済や共産主義経済、古典派や新古典派等色々あるようだが、西欧近代合理主義を支える哲学の理解にかかわり、以下の(5)型にとらわれないにみるように、人の心の有様が最も肝心なものになってくるようだ。
物を買って手を加えたりサービスの提供等新たな価値生を付加価値といいその国全体の付加価値の合計をGDP(国内総生産)と呼ぶ。GDPは国力の指標で、日本は米国に次いで世界第2位でヨーロッパの国々を大きく引き離すほどに価値創造ができる国となっている。一方年間の税収は約40兆円、借金の国債も約40兆円で、その結果国と地方自治体借金の累積が1000兆円になっているとのこと。この借金依存度合いは先進国では日本はダントツの最悪で、食糧自給率の際立った低さ同様に、国家としての代謝力が不全であること示している。
付加価値をどんどん作りながら赤字まみれの原因は、政治家や公務員の多さ不効率、国・県・市町村のダブリ、医療費漬け、利権構造、税の使途不明等、国家の根本というより人の心に関わっているものであろう。国家の代謝である収入と支出は、収入が脱税など法律的観点より目に付きやすいのに対し支出は見えにくい。栄養摂取ばかりに目が行き排泄力や代謝不全になっている健康論やダイエット論と似たような状況でもある。法律では不十分で、道徳とか心掛けが必要となり、江戸時代の己を捨てる程の気のようなものが望まれる時代になってきている。
食育には江戸時代の良さを教えることも必要のようだ。江戸時代は平均寿命が30歳余りで暗い時代のように言う人が第2グループにはいるが、乳児死亡率が現在のレベルに置き換えて換算し、且つ自分のことは自分でできる有効平均寿命に置き換えれば、現在と大きくかけ離れていないはずであろう。江戸時代の本を読めば70、80歳程まで生きた人も少なからずいる。
数学、経済、宗教、論理に関し小室直樹著「数学嫌いな人のための数学」があり、経済の概要と数学の関係を説明している。同氏はソ連崩壊の10年前にソ連崩壊を正確に予測している。ソ連の人たちがマルクスの理論をよくわかっていなかったからソ連崩壊につながったとのことだが、マルクスの人としての心のあり方そのものが事の本質なのだろう。
企業の場合競争による制御が働くため、第1・第2グループのような極端な色分けは出にくいと思うかもしれないが、経営の分野でも心の有様が組織の気概や社風にまで影響してくる。中韓に対する姿勢だけでなく、確信的に極端な人たちに牛耳られている人権・同和・差別等を無批判に受け入れ、社会学のレベルが問われそうな会社も珍しくない。社員食堂のメニューにも影響してくるかもしれない。
社風の良し悪しの一例では、問題が起きた時に個人の責任で終わるのが悪い会社で、良い会社は個人の責任ではなく仕事のやり方や発想まで立ち入って対処するという違いがある。
社会人になって共通して必要となるものは、食育・国語・算数で、次に簿記ではなかろうか。組織に属したり、商売をやるには、お金の流れを知る道具である簿記が必要で、事務員からトップまで、大なり小なり要求される知識で、入りと出の代謝を数字的に把握できる。個別の納税は納税者の簿記会計を踏襲し計算されるが、国や多くの地方公共団体は、代謝である支出を数字的に見る簿記ができておらず借金雪だるまとなっている。
(5)健康論・ダイエット論及び社会学、 型にとらわれない
健康やダイエット及び社会学を考える場合、第1、第2グループの区分と、その区分に囚われない心がけが必要になる。仮に第1グループが良いとして第1グループの枠のみで物事をみると、つまり型や枠に囚われ過ぎると、偏った理性や論理の罠に陥り、実態は第2グループになってしまう。
近代合理主義の祖と言われるデカルトは第2グループの祖でもある。若者は、デカルトの「ワレ思ウ、故ニワレ有リ」つまり、自分が思えば同時必然的に自分が存在するとの言葉に酔い易い。しかし、自分だけでなく、人の愛情や世話にもなって生きているごく当たり前のことを見過ごすとおかしなことになっていく。デカルトは、数学のx、y座標系のように(実際はx座標だけのようだが)解析幾何学として数学を見えるようにした人の一人と言われている。
デカルトは理性を一神教と同じ全能の神とし理性教の元を作り、歴史は数学的な明証性がないために価値が無いとも断じた。数学は前提・制約条件に基づく論理の展開であり、歴史や人間社会を数学的に割り切ることに無理がある。フランス革命前後やその後の数学者や科学者をみても、第2グループ的なものを支持するものもいれば逆もあり、最初支持していても離れて行った人もいる。
とりわけ日本では、本、マスコミ、雑誌等で、大学教授、博士、評論家、知識・著名人が、第2グループの人たちの言葉や本を金貨の如く無批判に引用・推奨している現実を、若い頃に知っておく必要がある。デカルト、ルソーやヘーゲルを無条件に引用している人がいかに多いか。
世の中は第1と第2グループ、中間派が、それぞれ何分の1づつを占める実態があるが、その割合の違いが民族の資質にも大きく影響する。第2グループ支持の一般の人の中には、心から人の善意を信じ愛情に溢れ、人と争うことを極力避け、福祉やボランティアに尽くしている人もいる。生徒や学生が教育やメディアの場で、上記のようなことがらを適正に情報公開されるなら、その上で第1、第2グループ支持や中間的なもの等、様々な意見があっていい。
(6)健康・ダイエット及び社会学、 より広く見るならば
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(a)キリスト教について(健康社会学は両面を見る) 第2グループが極端に走り、数千万、億を超える人名が失われたが、人命の数でいうならば、他にも凄いものがある。物事には明と暗がつきものだが、両方を知ることが必要で、キリスト教もそのすばらしい教えと、惨憺たる歴史があり、異端審問・魔女狩り・植民地・奴隷制等である。キリスト教の良さに接することはいいことだが、暗の部分も知らないと、物事が見えにくくなる(ヘレン・エラーブ著、井沢元彦監修、杉谷裕子訳「キリスト教 封印の世界史」1997年 徳間書店等)。日本が徳川時代に鎖国したのも、この暗の部分を知っていたからで、江戸の終わりに開国し苦労を強いられた日本の近現代史もある。 第2グループや宗教でも、相手の過去や現在を理念や教義で一方的に否定し、つまり立場を代えてものを見ず異常なまでの極端に走れば、悲惨なことになるという歴史の教訓である。イスラム過激派のテロ行為に関係しイスラム教を批判すると、イスラム諸国がものすごく反発する理由の一つは、キリスト教諸国はもっと悪いことを長期且つ広範囲に行ってきたではないかという思いがあり、一部の極端な事例で非難される覚えはないとのことだろう。根拠の無い慰安婦問題等で外国に非難され、日頃の心掛けも悪く背筋をピンと伸ばすこともできず、謝れば済むと思っている日本人には大いに見習うべき点であろう。根拠の無い謝罪がどれほどの悪循環を生んでいるか。 |
| (b)疫病について(健康社会学は自然の代謝力も含む) 人命の数で言うなら更に凄いのが疫病で、風邪のウイルスを含めると餓死と並んで疫病の方が宗教より多いだろう。大正時代1910年代にはやったスペイン風邪で、全世界で2000万人余りが亡くなったそうである。ヨーロッパでは中世に人口の3分の1(3000万人近いとの数字もあるが)が黒死病でなくなり、その前の7世紀ごろには同じ黒死病で、その数倍の人が亡くなったとの話もある。人や自然の代謝力低下による疫病に対する免疫力の低下に起因している。 現在もスペイン風邪のような事態が過去のことでなく、全世界的な問題として取り上げられている。いい野菜を作るには土の力つまり土力をつけることが最も大切だが、薬や防疫だけにたよるのではなく、人間も代謝力をあげることが必要だ。疫病は年齢に関係なく、代謝が弱く免疫力のない人に襲い掛かってくる。人命の尊さを言うなら、疫病や飢えも個人の心掛けを含め、人災の面が多分にあるとも言えるであろう。 |
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(c)病気について(健康社会学は人の免疫力がポイント) 疫病より凄いのが生活習慣に基づく病気である。医療や栄養学において適切な情報開示がなく、薬・手術や食品の加工度の高いものに走れば走るほど、長期的には免疫力が落ちることになる。人のいうことを鵜呑みにしていると、命を失うリスクも身近にあるのだ。 自分の身の回りに末期癌から生還した人が何人いるだろうか。大半の人がゼロではなかろうか。一方、断食や玄米、ゲルソン療法では、末期癌からの生還は珍しくない。特にゲルソン療法等は、数割ぐらいは生還しているようである。日本や欧米でも、全粒粉がやっと評価されてきた以外、いまだ断食、玄米、ゲルソン療法はマイナーである。全体主義の惨禍や疫病より、人命の数で言うなら、生活習慣に起因する癌、血液性疾患、難病が多く、日々の生活習慣は戦いという程の認識も必要だろう。 |
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(d)教育について(健康社会学・は食育や健康論から文明論まで含む) 人命を救うという意味では、病気より更に凄いのが教育だろう。人は環境によって作られ教育の役割は大きい。現実の教育界は、安定しているがゆえに先生になる人も多く、多彩で面白い人材とまではなかなか困難であろう。成人になるまでに、せめて一人の先生か誰か、若しくは一冊の書物か何かで、共感・やる気・生き甲斐が出てくれば、代謝と免疫力を高める環境もできる。そうすれば、より多くの人命を救う有意義に生きる道を開いてくれるのではないだろうか。 偏り過ぎたり生徒の心を暗くするような先生を少しでも減らせば、人類の人災レベルの相当な改善につながる。世界的に教育の荒廃がいわれているが、これはアメリカを中心とした子供中心主義により、親や教師が自然、伝統、道徳等の良さを教えることができなくなった背景がある。いじめ・不登校・ひきこもり・非行で顕著な更生実績のある専門家の話しでは、問題のある家庭は親が子供を甘やかし子供中心で、父親は傍観・母親は子供の言いなりの共通項があるとのこと。子供としては周りに期待できない環境の中で、自分自身で心掛けの工夫をしていかなければボロボロになる。 |
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(e)人の心について(健康論・ダイエット論・社会学のまとめとしての健康社会学) 教育より一層凄いもの、つまり最も凄いものが人の心になるだろう。人生最悪は、難病且つ教育も家庭も周囲も全く駄目な環境もある。しかし、心がしっかりしていれば、極端に走るものや同根ながら形を変え今後も出てくる様々な危険なものに惑わされずに済む。扇動されにくい、つまりテレビ・新聞メディア等の言うことを安易に信じず自分で考える習慣があるかでもあろう。健康論やダイエット論も同様である。 心が駄目なら、危険なことに染まりやすく、病気や疫病にも弱く、不十分な教育制度やよくない家庭の影響を避けがたく、歴史的には大きな惨禍を繰り返す。伝統を壊す全体主義的なものに踊らされず、代謝と免疫力を鍛え、いい書物への共感と興味を持った勉強を行う心の在り様や意気込みを氣と言ってもいいだろう。その気があれば、全体主義・宗教・疫病・病気・教育の惨禍を吹き飛ばし、より良い健康社会学にもつながる。 |
宗教戦争以前は、勝った負けたの小規模の戦いだったが、宗教戦争で神が現れ、18世紀頃より理性による啓蒙主義が、ロシア革命で共産主義が、第2次大戦で正邪の戦いが加わり、その殺戮度は加速度的に増えていった。現在はこれら極端に走る危険性の教訓がある程度生かされているように見えるが、我々のごく身の回りにも生き続けている。テロに限らず、少年犯罪、外国人の犯罪、精神異常者の犯罪、宗教犯罪、更に重大犯罪発生時の警察・自治体・政府等の果断な処置を含め、人権派が跋扈(バッコ)し犯罪予防や対処が一層困難になっている。背反する健康論や最新健康情報に翻弄され不健康になる構図もある。
青少年期に、教科書・新聞・ラジオ等が、自国の歴史の根幹にかかわることで、全くの錯誤や根拠の無いこと、更に謀略を含む意図的なデマを伝えていると想像することなど難しいが、現実はそれが頻繁に行われている。普通の人なら言わない書けないことでも、極端に偏った理性、知性、論理、イデオロギー、正義、宗教、文明を狂信的に信じれば、東京裁判のような錯誤の歴史、嘘やデマを平気どころか国際的な謀略含め意図的に使うようになる。自然や環境の分野でも更に我々の身の回りにも常識人を装った極端に偏った人も少なからずおり、鵜呑みにしない配慮が必要になる。
言論の自由がある今日において、そのような非道が行われているとは、到底信じられないかもしれないが、それが行われているのが現実の日本や世界であると知れば、健康社会学の基本はわかったようなものだろう。
健康やダイエットを代謝力・免疫力の改善と理解すると、健康論やダイエット論の相反する主張が身近にある現実と本質が見えてくる。同様に、その相反する構図が歴史や哲学を含めた社会学の分野にもあると類推することも簡単にできる。ここに健康論やダイエット論と社会学が融合した本物の健康社会学が見えてくると思われる。
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新陳代謝 免疫力改善 食生活 食育 健康・ダイエットと社会学の相関:健康社会学
歯・噛む・食育・食生活は新陳代謝 紅茶とショウガと黒砂糖の傑作:ショウガ紅茶
健康社会学 健康科学 健康自然科学 と怒涛の勉強法
健康論や社会学の分野(健康社会学)だけでなく、自然科学の分野でも、相反する主張や中間的な意見等様々な意見があり、一分野の本だけ見て考えるだけでは不十分である。相反する主張の中で本筋を見つける社会学を健康社会学と呼ぶなら、自然科学においても本筋を見るけることを重視し健康科学若しくは健康自然科学と呼びことにする。若い頃に何かを知とうとするなら何冊かを集中的に読む習慣が必要で、一度このやり方を習得すると人生そのものが豊かになるだろう。図書館を利用し一週間に数十冊の本に目を通す読書法が可能になる。いい本ならじっくり読む事も必要だが、短期間に多くの本に目を通し、目次も活用しポイントを掴み付箋をつけ、又重要な箇所はコピー等記録に取り、複数の優れた本や相反する本を比較し、本筋を掴む訓練を積むことが必要になる。特に学生の頃はわずかの本を読み本棚に立てているだけで本を読んだり勉強したような誤った気分になりがちだが、関係する分野の多くの本に目を通し比較考察を通し、自分の考えをもてるようにすることが肝要と思われる。
個別を知り全体で見ること、立場を変えてみること、時代に入って行って見ることに加え、自然界の現象は土・川・海・動植物・人間等の近接する環境を伝播する。教育・福祉・政治経済、歴史まで繋がっており、このような読書や勉強法が国語力を鍛えることになる。つまり、風土・人・国語・社会学・数学・自然科学等全てが何らかの形でつながり、この関連を勉強することが健康社会学、健康科学・健康自然科学とも言える。
日本では著作権は著者の死後50年(海外は70年が多い)は残るため、インターネットでは著者が公開しないかぎり本の内容が閲覧できないことになる。従ってインターネットは広範で最新の情報を得るには有益だが、識者の様々な意見を知り、健康社会学や健康科学で思索や自分の意見をもつには、読書が不可欠で図書館や書店等をうまく活用する重要性は今後も変わらない。
相反する意見に満ち困難を伴う健康社会学や健康科学において、何かを習得するにはパワーが必要で、怒涛の増殖する指数関数の如く、ある一定以上の密度で読書や勉強を行なえば一挙に延びるが、中途半端では怒涛の増殖に達しない。例えば、数I,数II,数IIIをそれぞれ高1、高2、高3と考える必要は無く、高校一年間で数IIや数IIIまで怒涛のように勉強し残り2年は物理現象との相関含め、試験に強くなるだけでなく、興味ある勉強をすることもその気になればできるであろう。一見無理と思われるものを、短期間に怒涛の勉強法で習得する事も可能になる。勉強ができないと思い込んでいる人でも、興味の持ち方と怒涛の勉強法のコツがわかれば、試験勉強だけでなく、初めての仕事、経験のない事、困難な事、転勤・転職・独立・新事業でも、大きな威力を発揮することになるだろう。
健康社会学と健康科学との関係
健康社会学と健康科学・健康自然科学の関わりあいを、古典物理学と現代物理学の観点より、以下の3つのタイプに大別してみる。健康社会学の元気に生きる≒食x運動x呼吸x心x環境の視点から、古典物理学か、現代物理学か、古典と現代の混合型かだが、いずれが重要であろうか。健康的な社会学の視点からは、心や環境を含めた歴史・伝統・現実適合性をも重視し、いずれの見方も大切になってくる。
(1) 現代物理学・古典物理学・混合型3つのタイプと 健康科学・健康自然科学
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量子力学支持 |
量子力学はミクロの物質構成を解明し、ハイテクを駆使して通信・映像・医療・生命工学等近代文明を支える基本。古典物理学からマクロの宇宙も含む量子力学で社会学を考察すべき。(物理の専門家は社会学にも量子力学の観点を重視) |
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古典物理学支持 |
人間はマクロの世界に生きておりミクロの量子力学ではマクロの日常生活と合わず社会学との関係は古典物理学で社会学を考察すべき。(このタイプの支持は少ない) |
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量子・古典混合支持 |
量子力学と古典物理学のいいところ取りの混合型 (本サイトは場の例えのように混合型) |
(2)量子力学の包括性(健康科学の包括性)
相対性理論と量子力学が一般には現代物理学といわれている。例えば以下のことは、ニュートン力学や電磁気学からなる古典物理学では説明できず量子力学で初めてできるものだが、現代物理学からの発想が好ましいのであろうか。
*自然のエネルギーは連続し、飛び飛びの値をとる
*光は波と粒子の2重性がある
*ミクロの物質の存在は確率でしか予測できない
*古典物理学ではミクロの現象はわからない、量子論は古典物理学を包含した理論
(3)健康科学・健康自然科学的にはいずれのタイプでもいい
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健康科学・健康自然科学と健康社会学の関わりあいをみる場合、3つのうちいずれのタイプが好ましいかだが、学問の基本は広範に異なる価値観や思考に出会うことで、基本的にいずれも好ましいと思う。何事もある人には意味の無いことが別な人には大切なこともある。又その時はつまらないと思ったものが後に素晴らしく感じる時もあればその逆もある。 本サイトの健康社会学の基本式である「元気に生きる」≒(食)x(運動)x(呼吸)x(心)x(環境)も、ニュートンの運動方程式的な発想で単純且つ意味がないとの見方もあるだろう。本サイトは数学や自然科学も素人に近くそれだけで無駄なサイトとも見れるし、逆に素人故に異なる発想や見方をするとも言える。発想力は連想する力から生まれ、その連想力は異なる分野を含めた興味や関心による例えや探求による自分なりの納得から生まれるのかもしれない。 自然科学や社会学が血が通ったものになるためには、日頃の連想力や発想力、及び心がけや意思が大切になり、元気に生きる関係式より、健康社会学的な又健康科学的な手法がある。哲学・歴史・語学・数学・物理もより興味がもてる面白いものと変ってくる。 若い頃は世間をどのようにみたらいいかわからないため、健康社会学的な興味をもった主体的な勉強をしていないと、心が通っていない極端な弁証法や宗教に染まりやすい。理性の狂気に見た如く時代の最先端の量子力学とて生命や環境に重大な影響を及ぼす可能性もあり、極端に走れば量子力学でも古典物理でも又古典現代混合でも、人の心を失うのかもしれない。立場を代えて見れば物事の真相が見てくる。 |
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近代哲学の父と自然科学 デカルトもヘーゲルもいずれも近代哲学の父とも呼ばれ、数学者や物理学者の書いた本にもデカルトは頻繁に登場し、両者共に多くの本には素晴らしい功績との趣旨で書かれている。哲学と自然科学は意外と近い関係にあるようで、相互に影響し在っている。デカルト、ルソー、ヘーゲルと続き、ヘーゲル哲学の左派がマルクスに、右派はナチズムにもつながっていった不健康社会学の流れも知っておく必要がある。デカルトの数学上の功績や、近代哲学・近代合理主義が自然科学を推し進めたと思われる点はそれでいいだろう。デカルトの「方法序説」はルソーの著書程の明白な反社会性を出してはいないが、健康社会学におけるその本性と危険性を見抜くことも必要になる。ヘーゲルの精神現象学は難解だが、彼の系譜は極端な左派も右派も同根であることを示しており、全体主義的な思考を随所に見ることができる。つまり、健康社会学と健康科学・健康自然科学は、相互に密接に関係し、不可分の関係にあると見る方が全体が見えてくる。 子供が育っていく場合、忍び寄ってくる危険はルソー的な明確な反社会的なものだけでなくデカルト・ヘーゲル的な忍び寄るような哲学もあり、日常において、言葉や形を変え、常に我々の周辺に現れてくる。決して過去のことではなく、東京裁判史観、国家・国民の品格攻撃、偏った人権・差別の主張、ジェンダーフリー、言葉狩り・スキャンダル・謀略好き等様々にある。デカルトやヘーゲルの近代哲学や森鴎外の鴎外文学を素晴らしいと感じるだけなら、興味をもった健康社会学や健康科学・健康自然科学の勉強としては寂しい。 専門家によって現代物理学の分類の仕方も異なるが、以下の図のような分類の仕方がある。場の量子論とか相対論的量子論等色々進展があるそうだが、物理学全般の大統一理論には道は長いとのことである。第2グループの不健康社会学に毒されていない立派な大物理学者が、立派な大哲学者との対談で、実在の世界と人間は無関係(二元論)と言ったそうだ。それに対し、大哲学者は、いかなる世界も人間の見方を通した世界であり世界と人間は調和して存在すること(一元論)、及び失敗や経験の積み重ねにより真理に近づくと回答したとのことである。極端で偏った理論に走らないなら、大統一理論の哲学的な面では、健康社会学でも健康科学・自然科学の視点があれば、一元論でも二元論でも様々な見方があっていいということであろう。 |
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量子力学の専門家には、量子力学と東洋思想、禅、仏教等との関係まで言及する人もいる。そこまで量子論的な思考が及ぶなら、仏教との共存を図り又極端に走ったことがない日本の神道は、健康科学・健康自然科学と健康社会学の双方つまり大哲学と大物理学を兼ねたもののような印象を受ける。 神社で自然に手を叩き拝むのはその健康社会学的なポテンシャルと場を感じるためで、その懐の深さと広さ及び細やかさは健康自然科学の現れであり量子論的でもあろう。日本の健康社会学を体現したような神道は、宗教というより自然や伝統と先祖への感謝の長い歴史や生活習慣とでも言えるもので、鎮守の森の如く環境も大事にし、日本の国柄や品格まで影響している。 |
健康ダイエットと自然科学
代謝力は生命活動の源、
代謝力改善を実感できる食生活の提案
(全粒粉こそが抜本的な対策)
(手軽に美味しく安くを実現)
(1)玄米全粒粉と小麦胚芽が切り札 (穀類全粒粉)
玄米の全粒粉玄米君 or 玄米の全粒粉玄煎粉 + 小麦胚芽
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(2)αリノレン酸たっぷりの亜麻仁油とまろやか玄米黒酢 (惣菜)
(3)違いの分かる煮干と美肌効果のあるマリンコラーゲン(出汁)
(4)味を楽しみ歯を鍛える発酵食品と嗜好品 (伝統食・嗜好品)
(5)インスタント食品の新たな味や香りの発見 (簡単自然系)
ダイエット食は成分非表示や添加物含有も多く、無添加の全粒粉・出汁・
伝統食こそが安心できる食材、食べにくい玄米や小麦胚芽が大変身
玄米・全粒粉(粉末)・小麦胚芽
玄米の粉末: 玄米君・玄煎粉
小麦胚芽・玄米の全粒粉による新陳代謝を高める食生活
精米機による玄米の変化のある食生活
小麦胚芽・玄米の粉末の食べ方
新陳代謝・免疫力改善・食生活・食育
亜麻仁油・DHA・EPA・αリノレン酸と同じオメガ3、 亜麻仁油で料理上手に
玄米全粒粉・小麦胚芽 (全粒粉類)
・玄米全粒粉: 「玄米君」と「玄煎粉」の2種類、効果: 早ければ翌日からの排泄の違いに期待
・玄米全粒粉に熱湯をかけ小麦胚芽を浮かべ匙で食べるだけ、朝食代用可、一回80円程度
・玄米と小麦という東西の食文化が融合した免疫力を高める抜群の効果を期待
本当の代謝改善とは、ダイエットとは、料理上手とは
目次
1.本来の健康論とダイエット論とは(健康論の日米比較)
2.歯並びとダイエット (歯並びから風土と人が見える)
3.一物全体とダイエットの考え方 (個別と全体が大事)
4.身土不二とダイエット(近い所も遠い所も身土不二)
5.ダイエットの本来の意味は代謝改善と免疫力向上(その1)
6.ダイエットの本当の意味は代謝改善と免疫力向上(その2)
7.本当のダイエットといえる全粒粉人参パンケーキ
8.歯を鍛えるダイエット(干し納豆とあたりめするめ)
9.亜麻仁油の効用と食用油(亜麻仁油がわかれば食用油が分かる)
(5−1)農業の面白さ (全粒粉的な思考は農業にまで広がる)
(5−2)安全保障と心掛け (元氣に生きる≒食x運動x呼吸x心x環境に不可欠なもの)
(5−3)なぜ平家の落人ばかりなのか (歴史と伝統と身土不二的な心豊かな落人
(5−4)会津と忠臣蔵 (心と伝統と風土の一物全体的な風景)
(6−1)環境問題と一物全体 (環境はゴミ広いや立場をかえると見えてくる)
(6−4)同じ魚も様々、オメガ3も様々 (美味しい魚は運動する環境の魚)